プロフィール | 福山の【ダイアナ気功クリニック】は浄霊を重視した気功クリニックです。

プロフィール

セラピスト プロフィール

氣功セラピスト  西山 奈弓 

1979年5月19日 和歌山県和歌山市で大谷家の次女として生まれました。
幼少時代は虚弱体質で、アトピー性皮膚炎や貧血、動悸、冷え性など様々な症状に苦しみ、そんな私に母は沢山の時間を費やしてくれました。
良いと言われる病院や霊能者に通ったり、野草を採りに行き青汁を飲んだりもしました。
体を強くするために小学校時代はバスケットボールクラブ、中・高時代はソフトボール部に所属して活発に過ごしました。


16歳の時、近所の方からアトピーにいいと氣功を勧められ、長岡気功治療院で氣功に出会いました。
氣を扱う素質があると認められ、治療に通いながら氣の感じ方や送り方を教えてもらいました。

高校卒業後は、理学療法士の姉と同じ道へ進もうとするも、受験に失敗し就職。リハビリ助手になり、医療、介護職に魅力とやりがいを感じるようになりました。
ヘルパー2級を取得し、デイサービス・グループホームを経験。どの職場も立ち上げから経験させていただきました。
また、アルバイト時代は塾のチューターやベビーシッター、配膳や調理など、様々な業種を経験しました。

氣功を受けるにつれ、今まで悩んでいたアトピーや動悸、貧血などが劇的に治っていきました。
ですが、自分が人に氣功をするのは無理だとずっと思っていました。
氣を自在に操る自信がなかったのと、目に見えないことは人に信用されないからしたくないし、師匠に紹介した方がいいと思っていたからです。

ある時、女友達から氣功を受けたいと相談があり、師匠を紹介して一緒に行きました。
師匠に診てもらい、悩んでいた症状がなくなり、手術が決まっていたにもかかわらず、施術後の当日に行った病院の検査でも完治していると言われとても喜んでくれました。
その子が、「私はなゆちゃんに診てもらいたかったな。女性の悩みは女性に聞いてもらえる方がいいよね。」
と言ってくれたのです。
その言葉で、初めて自分が氣功をして役に立てることがあるかもしれないと思いました。
そこで、不妊など女性の悩みを対象に氣功をしようと思い、本格的に習うようになりました。

七次元神霊気功師に認定されると、この頃より不思議な体験をし始めました。
弘法大師像の前で手を合わせると、返事が返ってくるようになり、弘法大師より「導きます」と言っていただいてから、本当に導かれるように様々な出来事や出逢いがありました。
和歌山では紀三井寺に通い、弘法大師からたくさん学びをいただきました。

医療・介護職の現場では手荒れがひどく続けられないと判断し、2006年、高齢者専用マンションの営業・介護職員として海南市の施設に就職しました。
施設の立ち上げや営業活動を通じて、海南市で地域交流を深めました。介護の部門から併設している温泉、日本料理の部門に配属され、温泉の運営、マッサージルームの立ち上げや日本料理店の女将をさせていただきました。
さらに海南市のイベントへの参加、商工会、飲食組合との交流を深め、地域の行事に積極的に参加させていただきました。


2008年6月 当時住んでいたマンションの近くにある行きつけのバーで、そのバーの近くの劇場に公演に来ていた大衆演劇の役者さんと仲良くなり、
後日観劇してとても感動しました。、翌月の公演先が広島県にあるせら温泉だったため、旅行がてら世羅町へ行ったところ、温泉の隣に今高野山龍華寺というところがありお参りしました。
この世羅というところは昔高野山の領地で、取れたお米を尾道経由で高野山に納めていたことがわかり、ご縁を感じました。

転職を考えていた私は、たまたま手にした雑誌でせら温泉の求人情報を見つけ、フロントで問い合わせたところ、寮もあるのですぐ来て欲しいと言われ、就職を決意。
8月 せら温泉に就職しました。両親には事後報告でしたが応援してくれました。
誰も知り合いのいないところでの生活は不安でしたが、両親に心配かけたくないと思い、毎日今高野山にお参りして仕事に向かっていました。
2か月ごとに昇進し、半年後に店長に就任しました。

地元に愛される温泉にしたいと思い、飲みに行くことで地元の人との交流を深め、人脈を作りました。
和歌山での経験を生かしたいと思い、地域の活性化を目指し町おこしの会「せらを語ろう会」というお酒を飲みながら語り合う異業種交流会を作り、意見交換をしました。
月に一度「せらを語ろう会」の飲み会を開き、会のメンバーが固定化して来た時に、「自分たちで何かしたい」という意見から、アダプト活動(道路の清掃)をしたり、世羅高校駅伝部を応援したり、活動が増えていきました。町外からも地域に役立てたいと世羅を語ろう会にご参加くださる方もいらっしゃいました。

様々な付き合いをする中で、飲食組合の理事に推薦いただき、就任させていただきました。
湯崎知事の宝探しという懇親会にも世羅町代表の一人として出席させていただいたり、
また、大衆演劇の舞台にも劇団の協力で時折出演させていただき、様々な場面でテレビや新聞に取り上げていただきました。

毎年世羅で開催される全日本モトクロスでは、もっと町で盛り上げようと、町とMFJに掛け合い、想いに共感くださった方のおかげで世羅町賞で世羅産のお米をプレゼントしていただけることになりました。
神戸のKawasakiのチームに協力しキャンペーンガールをさせていただき、パラソルをささせていただいた選手が優勝するなど、貴重な体験をさせていただきました。


2011年3月10日 厄祓いした後に凶のおみくじを引き、翌日に東日本大震災が起きたことから、他人事にしてはいけないと思い、東北支援に現地へ行くことを決めました。
翌月、仕事の休みを利用し沢山の支援物資と共に宮城県へ向かい、山元町の避難所で気功をさせていただき、たくさんの方とお話しさせていただきました。5日間のボランティアで携帯でレポートを毎日配信し、ひろしま災害ボランティアセンターのホームページに載せていただいたり、世羅町の社会福祉協議会で回覧していただいたりして、私の目線で被災地をお伝えさせていただきました。
2012年8月には、せらを語ろう会がさとやま交流館に協力し、福島県楢葉町で被災した少年たちを世羅町に招待し、一泊二日の民泊を受け入れました。また、実行委員会を発足させ、世羅の祭りや梨狩りなどに参加していただき、町の人との交流もしていただきました。


氣功については、温泉の従業員や月替わりで来る劇団員の方々に対し、仕事後に無料で視させていただいていましたが、
ある時足がうずいて毎日痛くて眠れないというお客様に手を当てたところ、数十秒で治ってしまったため、温泉内で開業してほしいと言っていただきました。
温泉の運営や劇団やお客様とのやり取り、町の行事や会議など多忙ではありましたが、空き時間に予約限定でさせていただくということで会社に相談し承諾していただきました。
宣伝はしませんでしたが、不思議な導きでご相談に来られる方が沢山あり、症状が改善され喜んでいただきました。
その頃、今高野山で高野明神、丹生神社をバックに撮っていただいた写真に大きな光の輪が映り込み、現在facebookのカバー写真にしています。
私にとって世羅は第二の故郷だと思っています。

今高野山の弘法大師像より「あと1年」と言われてから1年後に夫と交際を始めました。

夫と付き合ってすぐ祖母が他界。和歌山へ帰る際夫が心配し送迎してくれたため、両親と挨拶することになり、結婚を考えていることを伝えました。
祖母がお参りしていたお寺の弘法大師像に、「この人と一緒にいればしたいことができる」とお墨付きをいただき驚きました。

2012年3月 せら温泉を退職し、福山市へ移住することになり、
夜はダーツバーを経営し、昼間は予約限定で氣功セラピーを始めました。
その後夫の内装業が忙しいため手伝いはじめ、雑用からはじまり、だんだんと職人の仕事を覚えていき、県外にも同行して主人と一緒にクロスを張るようになりました。

夫にお弟子さんができたため、内装業から少しずつ抜けることができるようになり、氣功に専念できるようになり、
2015年12月 引越しに伴い、福山市東陽台にダイアナ氣功クリニックを開業しました。

2017年には伝統工芸士が作る巫女鈴をダイアナオリジナルデザインで販売開始。
セッションにて巫女鈴、大麻飾りを使い、浄霊の効果がさらに上がるようになりました。 

福山市坪生町にクリニックを移転。体にハンデのある亀を保護し、「和亀ちゃん」と名付けサロンで飼っています。







✤ダイアナ気功クリニックのダイアナの由来✤


和歌山県海南市で仕事をしていた時の事。

イベントを通じてオーラソーマの先生に出会いました。
オーラソーマを体験させていただいた時、私がすることは新しい癒しの形で世界の平和につながると言っていただき、
氣功に自信がなかった私は勇気づけられました。

オーラソーマの先生はご自宅をサロンにされていて、かわいいカタカナ4文字の名前を付けていました。
私も自分の名前以外のネーミングが欲しいと思い、何かひらめく機会を待ちました。
ある日、テレビでダイアナ元妃の番組を見ている最中に、急に周りが神聖な神々しい雰囲気になり、「ダイアナ」「ダイアナ」と聞こえてきました。
ネーミングを探していた私はすぐにピンときましたが、自分が名乗るなど恐れ多いと断ると、「あなたはそれを付けるのにふさわしい」と返ってきました。

急な展開に混乱していると、その前の番組でタレントのIKKOさんの芸名は本名の一幸(かずゆき)を音読みにして付けたと言っていたことが頭をよぎり、自分の名前(大谷奈弓)を音読みにしたところ、ダイヤナキュウと読めることに驚きました。
英語でキュウはQ(クイーン)。ダイアナ元妃と関連付けれるかもと納得しました。
「ダイアナ元妃は平和活動を広めたかった。ダイアナの名前を継ぎ、ダイアナを世界の平和の象徴にしなさい」とお告げをいただきました。
さっそくオーラソーマの先生に連絡したところ、ダイアナという神様がいて、私のしていきたいことにぴったりな名前だと言っていただき、名乗ることを決めました。


それから8年。
ある方の浄霊をさせていただいたときのことです。

とても霊感の強い方で、浄霊したたくさんの霊から『ありがとう』という声が聞こえたそうです。
浄霊している時、私のオーラが金色になり、私から『私は月に守られています』と言われ大きな満月が後ろに見えたことを教えてくださりました。
私は月に守られているなんて思ってもみなかったものですから、「私はそんなこといってませんよ」と言ったのですが、彼にはそういう私がはっきり見えたそうです。

後でそういえば、と思いダイアナの神を調べてみると、弓矢を持った月の女神であることがわかりました。
そういえば、主人が経営していたダーツバーの名前も月の女神の別名でした。その後二人で経営したダーツバーの名前もなぜか月の女神の別名・・・。
フィーリングで選んだ名前が月の女神に関係していたのは偶然ではなかったことを知りました。
ダイアナの神が持つ弓。私の名前(旧姓)は大谷奈弓・・・弓という字にも特別な意味を感じずにはいられません。

私に何ができるのか、何を期待されているのか、あまりにたいそうなエピソードをいただき、
ありがたく感じています。

私は今まで人に助けてもらってばかりでした。
犯罪に巻き込まれたこともありました。絶望や恐怖を感じることもありました。
そんな時は必ず助けてくれる誰かがいました。
その一番は家族です。身近にいる人を大事にできる人間でありたいと思います。
そして少しでも世界の平和と調和に貢献していけるよう、
出逢いを大切に、周りの人を大切に、温かい人であれるよう精進してまいります。

メッセージ

気功の資格を取ってからは、弘法大師像の前で手を合わせると返事が帰って来るようになり、不思議な出来事や出逢いが沢山起るようになりました。
様々な仕事をしながらも、何かに導かれるように気功をさせていただく機会があり、経験を積みました。
なかなか自信を持てずに辞めようと思うこともありましたが、その度に気功を体験した方から
・霊現象が消えて運がよくなった
・鬱だったのに活発に出歩くようになった
などの報告をいただき、必要とされる力なら頑張ろうと思い直し、精進してまいりました。

今では、身体のどこが悪いかというのも、気で調べなくても霊視でわかるようになり、自信を持って対応させていただいてます。

私自身、身体が弱く沢山苦しんだからこそ、今度は私が同じように苦しんでいる方のお役に立つ番だと思い、取り組んでおります。

お気軽にお問い合わせ・ご相談ください

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ダイアナ気功クリニック

〒721-0903
広島県福山市坪生町1-49-18 ハイツメタル206

営業時間
9:00~18:00 / 不定休
電話のみの受付時間:8:00~19:00
※時間外応相談

福山にある【ダイアナ気功クリニック】では浄霊を得意とした気功クリニックです。体と心に溜め込んでいる余計なものを解放するお手伝いをいたします。

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